明里日記

適当なことを言うやつだなと思って読んでください。

占いについて思うこと

毎月月末になると、翌月の運勢を占います。

 

3月を占ったときには思わず母に「ちょっと今月は後半に波乱がありそうです」と伝えました。結果、家族ほぼ全員胃腸炎でした。胃腸炎の戦いをサバイブしました。

 

4月は「タラタラしてんじゃねーよ!しっかりやれよ!」みたいな内容でした。中盤にめちゃくちゃダレてくる私がいるみたいです。頑張ります。

 

 

 

占いは当たるときと当たらないときがあります。

 

プロなら全部スッキリ当てろよ…と思って、そこらへんはものすごく悩みながらやってきましたし、今でも諦めずに日々鍛錬をしています。

 

ですが、勉強すればするほど、やり込めばやり込むほど、当たる当たらないを越えたところに占いの本質があるような気がしてなりません。

 

 

良いことがあれば嬉しいですが、嫌な出来事や悪いと思う出来事にも、意義があります。私も振り返る中で、「あれは有り難かった」と感謝が湧いてくる出来事は、全て良かったことかと聞かれるとそうではないなぁ、と思います。

 

 

学生時代に友達とのやり取りで失敗して仲間はずれにされたことも、年上の人を怒らせて本気で叱られたことも、いけないことをしてペナルティをくらったことも、あれがあったお陰で成長出来たなと思います。

 

これまでお客さまから「どうしたら幸せになりますか?」ということをたくさん質問してもらいました。

 

 

そうすると、そもそも幸せってなんだろう?ということに突き当たります。

 

ただ単に満たされることは幸せですが、満たされていることに気が付けて感謝できることも幸せです。

 

 

 

東京医科大の教授だった矢作直樹先生の話で

 

手術が成功するか失敗するか半々だった時代は、成功して生き延びることができたら非常に感謝された。そうじゃない場合でも、半々だったらダメで元々という感じで結果を受け入れてもらえた。

 

だけど、9割成功で1割失敗という時代になると、成功するのが当たり前で、失敗したら「どうして私たちだけ」という風に結果の受け入れが非常に悪くなった。

 

 

文明が進化発達していく中で、感謝を抱く感性も一緒に育てていかないといけない。

 

というようなお話がありました。

 

 

このお話をきいて、幸せというのは感謝ができるこころ、精神面の成長という事柄が必要になるのでは、と私は考えました。

 

 

そんなこんなで、悪いことを避けて、良いことだけを招き入れるような占いって、どうなんだろうとも思うようになりました。

 

きっと、そういう現世利益的な占いの方が需要があって、キャッチーで、一般受けするんだろうとも思います。

 

 

きっとお商売的には不正解なんでしょうが、私は「何が起こっても大丈夫」「全ては自分のために用意されている」「何が起こっても実は全部有難い」というふうな考え方ができる人間になっていけた方が、意味があるように思っています。

 

そういうことで、私の占いの価値観というのは、当たる当たらないでの勝負ではなくて、もっと人間的な成長という観点に焦点を当てていきたい、と思っております。

 

※偉そうに語っておりますが、私人間性は全く完成しておりません。小鉢エピソードとしては、先日映画館に行きたいけど会員カードを紛失していて、新たに再登録するのに550円かかることに憤慨していたレベルです。

 

 

しかし!そんなことを始めてこられた方に熱く語っても仕方が無いので、当たるように一生懸命、現世利益を占っていたりします。矛盾しています。笑

 

ただ、パニックを起こすほどの苦しさの中で、理想論を語られるよりも目の前の苦しみから逃れる術が知れたら、それはそれで助かるので、必要なことかなぁとも思います。

 

ただ、当たらないときは私の腕不足ということで、大変申し訳ないなぁという気持ちもしっかりあります。

 

ちょっとまとまらなくなりましたが、こんなことを思って占いというものを勉強しています。勉強できる環境があって、毎日とっても嬉しいです。